
早咲きの桜も咲き、湘南の海岸線沿いは春の近付きを予感させる陽気。そんな、おだやかな2月も後半。
「よし、今日からランニングを始めるぞ」という人も増えてくる季節。来週には、東京マラソンもある。
TV中継を見て我もランニングを始めよう!!と意気込む人も多いのでは?
ところが、である。
いざ「走る」となると、心の中に住んでいる「めんどくさい星人」が、猛烈に反対運動を始める人が多い。
「わざわざ苦しい思いをして、ゼーゼー言う必要がどこにあるのか」「そもそも、運動靴を履き替えること自体が、一大事業ではないか」と。
そこで私自身が最初のステップにオススメする哲学を紹介したい。
「まずは30分、歩くのと同じくらいのペースでいいんだよ」ということ。
多くの人が、ランニングとは、悲劇のヒーローのように歯を食いしばり、血反吐を吐きながら荒野を駆けるものだと思い込んでいる。しかし、私の哲学では、最初は「10分歩いて、1分のジョギングと1分の歩きを5回繰り返し、また10分歩く」でいい。
……なんという、のんきなメニューであろうか。
これなら、運動神経を母親の胎内に置き忘れてきたような人間でも、なんとかなりそうではないですか?

これをオススメした私の友人は、さっそく物置の奥で眠っていた、いつ買ったかも定かではない「いかにも速そうなスウォッシュの入ったスニーカー」を引っ張り出してきた。
意気揚々と外へ飛び出した彼は、ジョギングを開始した。 タッタッタッ。
気分はもう、箱根路を駆けるエースである。 ところが、3分もしないうちに、彼は自分の体の「重力」というものに驚愕することとなった。
膝はがくがくと笑い出してる話し、脇腹は「ここに内臓がありますよ」と主張し始めと言う。
海岸線では松林からひょっこり顔を出した野良猫にさえ「おや、あんなに必死な顔をして。滑稽だねえ」と笑われているような気がしたんだとか。。。
そんな、無駄に文学的なところが彼の良さでもある。
私は「1分走って、1分歩く」ように伝えて、彼はその通り実行した。
走り出しの飛ばし過ぎのツケもあって、あまりにも短い「栄光のジョギングタイム」と、あまりにも長い「敗残兵のウォーキング」を繰り返している彼を見ているうちに、私はふと思ったのだ。
「ああ、これは『走る』というより、『地球と仲良くなるための儀式』なのかもしれないな」と。
彼が初日に「走ったり歩いたりした」この30分という時間は、スマホを眺めていれば、あっという間に溶けてなくなる時間だ。
でも、その時間を「自分の足で動く」ことに使うと、不思議と世界が違って見えてくる。波の音が意外と大きいことに気づいたり、風が意外と冷たくて気持ちいいことを知ったり。
彼に伝えた。
結局、大事なのは「立派に走ること」じゃなくて、「明日もまた、外へ出てみようかな」と思えるくらいの、心のゆとりを持って終わることなんだと思うんだ。
無理をして「ゼーゼー」する必要なんて、どこにもない。 歩くより遅いペースで走ればいいし、疲れたら堂々と歩けばいいよ。 むしろ、その「物足りなさ」こそが、明日への種火になるのだから。
最初の2週間は、5分のウォーキングで身体を少し温めたら、1分のジョギングと1分のウォーキングを交互に10回繰り返し、その後5分のウォーキングで終わる運動をやっていこうと。

夕暮れ時、遠くの空が淡い紫色に染まり、家々の窓に灯りがともり始める。 そんな景色を眺めながら、彼が重たくなった足をひきずって帰る道は、どこか切なくて、それでいて、とても誇らしげだった。
「明日はアクティブレスト、歩くだけでいいよ」いつもより長く歩いた自分を褒めてあげたらいい。
そんなふうに、ゆっくり、ゆっくり。 無理せず続けられる「30分」は、その日から静かに始まったのだ。
最後に
ランニングは特別な才能や体力が必要な運動ではありません。少しずつ、楽しみながら始めることが成功の秘訣です。あなたも今日から、記事にあるウォーキングとジョギングの交互走で、無理なくランニング習慣を始めてみませんか?
少し身体が慣れてきたら少しずつ走る時間を伸ばしてみてください。
ランニングが習慣化できたら↓↓↓










