私と東海大学と箱根駅伝
今年の箱根駅伝予選会は、東海大学陸上競技部にとって予想外の結末で幕を閉じました。
私自身、かつて主将として4年生の時に「最初で最後の箱根駅伝」を走った経験があるとともに、その箱根駅伝はチームが2区途中棄権で終わったという経験を持つ者として、今回の予選会の記事をどう書くか悩んできました。
チームの全員がこの予選会にかけてきた思いを強く感じ、この結果に直面した学生に人一倍思いを馳せる一人でもあります。
主将は...主務は...ロホマンは...越は...4年生は... 色んな思いがよぎります。
まとまらない気持ちを少しずつ残し、整理されていくたびにリライトして残していきたいなと思います。
予選会までの道のり
東海大学は過去の成績から見て、シード校として既に本戦出場が確かなはずでした。しかし、一昨年の箱根駅伝は14位、昨年の箱根駅伝では11位という結果で、予選会に回るシーズンが続いていました。
しかし、シード権を逃した箱根駅伝後は、確実にチーム力は上向いていました。6月の全日本大学駅伝関東地区選考会ではトップ通過を果たし、春シーズンまでのタイムである予選会の参加資格上位10人の10000m平均タイムも2位と、好調なスタートを切ったかに見えました。
チームの雰囲気もいい状態で夏の合宿を迎え、順調に夏も過ごしたと思っていました。前評判は東海を軸に予選会は進むと言う報道も多かったため、OBとしても予選会に対する不安はさほどなかったのが事実です。
しかし、合宿後の調子が思わしくなかったことや、予選会直前に主力選手の怪我や不調が重なり、10月の練習では調子が上がらないという声が聞かれ、エントリーの時点で、兵藤ジュダ、竹割真、永本脩ら主力の欠場があり、予選会が近づくに連れてもしかしたら・・・?という不安はよぎっていました。
過酷なコンディションとの戦い
予選会当日、計画通りの集団走でレースは進みます。
しかし、レースが進むにつれて予想以上の暑さが選手たちに襲いかかりました。気温は朝9時で23.2度からレース中に30度近くまで上昇し、多くのランナーが脱水症状でフラつく中で、早々と設定の集団走から遅れる選手が出てきました。
そして、最後のロホマン途中棄権。
ゴール目前です。
チーム順位は10km通過は7位で、15km通過では9位に落ちましたが、17.4kmでは8位に浮上。順当なら通過は確実と思われましたが、ロホマンがゴール手前10mで転倒し、意識を失ったのです。
衝撃でした。
この瞬間、私はかつて自らの復路に備え合宿所で往路のテレビ中継を見ている中で目にした、4年間切磋琢磨し苦楽を共にした親友の2区途中棄権の瞬間を思い起こしました。
石田監督が監察車から降り声をかけ、肩に手をかけたその瞬間。そして、棄権がわかり目を手で覆いながらも10数歩中継所に向かって走り続けたその瞬間を。
たぶん、私は親友のその10数歩の歩みを一生忘れないし、ロホマンが必死に這いつくばって前に進んでいたその光景も絶対に忘れないと思います。
審判長の「途中棄権」のジャッジが下されると、ロホマンは車椅子で運ばれ、チームも14位という結果に終わりました。
予選会通過ラインは11時間1分25秒で、過去最低水準とも言える厳しいレース展開となりました。
ロホマンは重度の熱中症と診断され、病院に搬送されましたが、箱根駅伝でシードを落としてしまった彼がどれだけこのレースにかけてきたか、そして無念だったかは計り知れません。
立ち止まることはない
私自身はいつも、結果について色々いう必要はないと思っています。
チームの中で、分析はあるでしょうし、これまでのアプローチをチェックしてアクションを起こしていくはずだから、外野がとやかく言う必要はないと思っているからです。
私たちの先輩が勝手に名乗り出しいつしか愛称にもなった「湘南の暴れん坊」は立ち止まることはありません。
どんな結果であっったとしても、これまで乗り越え、総合優勝も果たし、オリンピックランナーも輩出してきたのだから。
ロホマンの再起へ
チームもさることながら、今はただロホマン・シュモンの再起を願うほかありません。
彼は、厳しい役回りを一人で背負う結果となっています。前回の箱根駅伝でも10区を走り、その責任を強く感じていたと言います。そして今回。
「失敗が成長の種になる」ためには、自分自身の一人の力ではどうすることもできない局面が必ず出てきます。
「大丈夫」と励ますだけではなく、彼の不安や過去の結果に対する悔しさに共感し、そういう自分を打ち消したり、乗り越えるのではなく、受け入れて併走していく必要があると思っています。
自信を取り戻す作業というのは、不安や弱気を見て見ぬフリをするのではなく、ネガティブな感情を認めてそれを上回る希望や期待を自ら生み出していくことだと思うからです。
そのためのメンターは必要です。それだけが、チームに求めたい唯一のことです。
箱根駅伝という物語
右足を前に出して左足を前に出す。そんな単純なスポーツが「マラソン」であり「駅伝」です。
細かく言えばテクニカルな要素はありますが、陸上競技でも跳躍・投擲種目や球技、体操といった競技に比べテクニカルな要素は少なく、人を魅了する華麗な「技」もありません。それでも数多くの人を惹きつけるのは、選手たちが限界へ挑戦していく姿や、選手たちの人間的な側面、感情に心打たれる競技だからだと思います。
そこに選手たちのストーリーがあり、走っている間にもストーリーが生まれます。
見ている人は、選手が自分の限界を超えようとする姿に感動し、共感し、自分ができない限界への挑戦を選手に託します。これは、一般の人々が日常生活で感じる困難や挑戦に立ち向かう自分の姿を、選手に投影しているのかもしれません。
また、追い上げ、逆転、集団からの脱落、そして最終的にはゴールへの到達といった、ストーリーが生まれる競技です。そんな、ストーリーテリング的な要素が観客を引きつけるのかもしれません。
そして、駅伝の場合はチーム全体の戦略と個々の選手のパフォーマンスが成功に直結します。一人の走者が次のランナーにタスキをつなぐ瞬間は、チームワークと個々の努力の象徴であり、それを見ることで共同体の結束や個々のヒーロー的な行動に感動するのではないでしょうか。
だからこそ、東海大学再起のストーリーも人を惹きつけていくことと思います。
そのためにも、我々OBができることは叱咤、批判ではなくチームへの共感と激励だけだと思っています。