
さくらが、ことしも「もう、いいかい」と急かしてくる季節になりました。
競技場のトラックを見渡すと、ちょっと不思議な光景に出会います。
体つきはもう立派な大人にさしかかっているのに、身にまとっているのは高校時代の見慣れたユニフォーム。そんな「新・大学一年生」たちが、春の風を切って走っています。
彼らはまだ、新しい居場所の「色」に染まっていない。 所属という鎧を脱ぎ捨てて、でもまだ新しい鎧が届かない。その空白の時間を、かつての母校の名前を背負って全力で駆け抜ける姿は、なんだか神聖な儀式のようにも見えて、少しだけ胸がざわつきます。

39年前。
重たいトランクひとつで北海道を離れたとき、ぼくの心臓はもっとバクバクと、不規則なリズムを刻んでいました。18歳のあのとき、ぼくは何を「脱ぎ捨てて」きたつもりだったんでしょうか。
そして1年前。
市役所という、ある意味で一番頑丈な「制服」を着て過ごした長い年月を脱いで、ひとりで歩き出した。
「起業」なんていう、ちょっと背伸びした言葉を掲げてみたけれど、結局のところ、ぼくもあの競技場の彼らと同じように、何者でもない自分をただ必死に走らせていただけなのかもしれません。
この一年、たくさんのランナーさんと出会いました。 一緒に走り、呼吸を合わせ、汗を流す。
組織というフィルターを通さない「生の人間」としての交流は、思っていたよりもずっと温かく、そして少しだけスピリチュアルなほどに、ぼくのランニングに対する固定観念みたいなものを浄化してくれました。
感謝、という言葉を使うと急にありきたりになってしまうけれど、それ以外の言葉が見つからないほど、濃密な「1年生」の日々でした。
今日、トラックを走る彼らのユニフォームに刻まれた学校名は、きっと1ヶ月後には新しいものに書き換わります。 でも、その「書き換わる直前の、純粋なエネルギー」は、大人になったぼくたちの中にも、まだひっそりと眠っているはずです。
起業して、2年目の春。 ぼくの背中には、もう市役所の名前も、大学の名前も、北海道の高校の名前もありません。 でも、だからこそ、どんな色のシャツを着て、どんな道を選んでも自由。
さあ、今年度はどんなランナーさんと出会えるでしょうか。 新しい靴紐を締め直すとき、少しだけ指先が震える。 その微かな震えこそが、生きているということの、いちばん確かな手触りなのだと信じています。
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あ、忘れていました。。。
上武大学駅伝部コーチという新たな名前がここで刻まれることになります。
箱根駅伝を目指すチームに携われるチャンスをいただきました。









