
走っていると心拍数が上がってしまうことが多いという相談をよく受ける。
そんなあなたにちょっとしたアドバイス

走り始めて数分。左手首のデバイスが「おい、落ち着けよ」と言わんばかりに真っ赤な警告を発している。心拍数160、165...
まだ住宅街を抜けてもいないのに、あなたの心臓はまるで、憧れのインフルエンサーに街角でバッタリ遭遇したかのような、あるいは締切直前の原稿が一行も埋まっていない朝のような、卑屈で過剰なビートを刻んでいる。
なぜ、私の心拍数はこうも節操がないのか。
結論から言えば、あなたの「土台」がまだ、この世界の速度に追いついていないからだ。ジャック・ダニエルズ博士の理屈を借りるなら、強度は数字が決める。だが、私たちの走りたい欲求は往々にして数字を追い越したがる。
「キモチいい!もっと速く」 ドーパミンやエンドルが分泌されテンションが上がって足を動かすほど、毛細血管は悲鳴を上げ、ミトコンドリアはストライキを起こす。
これは肉体の裏切りではなく、単なる準備不足だ。有酸素の土台がないまま走ることは、基礎工事を忘れたタワーマンションを建てるようなもの。いつか、ガラガラと音を立てて自律神経が崩落する。
まずは、スローダウンする、もしくは歩く勇気を持つことだ。
「はやく走り続けなければならない」という強迫観念。それはSNSで「いいね」を稼ぎ続けなければならないという、あの現代特有の焦燥に似ている。心拍が上がりそうになったら、潔くペースを落とす、歩く。
これは後退ではない。戦略的撤退、あるいは「隣の人と笑顔で世間話ができる」という、最も人間的な尊厳を取り戻すための儀式だ。
そして、鼻呼吸だけで完結する「Eペース」という名の、怠惰にも似た至福を享受してほしい。毛細血管を隅々まで張り巡らせる。それは、冷え切った人間関係に温かいお茶を注ぐような、静かな修復作業だ。
こんなペースでいいの?そんなEペースでいつもよりも長い距離を走る作業だ。
私は2時間以上をおこなうが、まずはいつもの走行時間に+10分、20分からはじめてみてほしい。

たまに、15秒だけ坂道を駆け上がってみるのもいい。 歩道橋や階段でもgood
心臓をびっくりさせる。溜まりに溜まった日常の淀みを、一瞬の負荷で吹き飛ばす。すると不思議なことに、フォームは整い、エネルギーの無駄遣いが減っていく。同じスピードでも、心臓は「おや、これくらいなら大丈夫ですよ」と、貴族のような余裕を見せ始める。
デバイスの数字は、あなたを裁くためのものではない。
「ねえ、ちょっと今は休みどきじゃない?」 そう囁きかけてくる、あなた自身の内なる声の翻訳に過ぎない。
心拍数が上がるのは、あなたが一生懸命にこの世界と対峙している証拠だ。だが、時にはその熱量を、自分を追い詰めるためではなく、自分をいたわるために使ってもいい。
「もっとゆっくりでいいよ」 その声を無視せずに、今日は少し、歩幅を狭めてみませんか。
自分自身との対話は、息が切れていては、うまく成立しないのだから。








