
秋の風が少し冷たくなってくると、走るときの足音が、いつもより少し澄んで聞こえる気がします。
長い距離を走っていると、ふと気づくことがあるんです。
自分のパフォーマンスをいちばん邪魔しているものって、強い向かい風でも、急な登り坂でも、急に重くなった脚でもないんですよね。
じゃあ、何が足を引っ張っているのかというと。 それは、自分の頭のなかで、ずっとしゃべり続けている「もうひとりの自分」なんです。
レースの途中や、苦しいトレーニングの最中、この「もうひとりの自分」は、急に姿を現します。 そして、どんな悪さをするかというと……それが、驚くほど「親切」なんですよ。
「もう十分、頑張ったじゃないか」 「ここで少しペースを落としても、誰も責めないよ」 「ほら、なんだか膝のあたりも怪しい気がするよ?」
暴力的な言葉で邪魔をしてくるんじゃないんです。
とても理知的で、優しくて、もっともらしい理由を、耳もとでそっとささやいてくる。これが、彼がする「一番タチの悪い悪さ」なんだと思います。自分を守ろうとする本能が、いちばん甘い顔をしてブレーキをかけにくるんですね。
いろんな後輩や学生、あるいは終活の相談を受けている今も、人が何かを諦めそうになるときって、やっぱりあの「親切な声」が聞こえているんだろうな、と思うことがあります。
諦める理由って、いつだってすごく優しくて、正しいように思えてしまうものですから。

じゃあ、この「親切な阻害要因」をどうやって克服すればいいのか。
僕がいちばん効くと思っているのは、その声と「戦わないこと」です。 「我慢しなきゃ!」「負けるな」と力むと、かえってその声は大きくなってしまいます。
ただ、「ああ、また僕を守ろうとして、親切に声をかけてくれてるんだな」と心の中で一回だけ受け止めてあげる。そして、返事はしない。
返事をしないで、ただ自分の息遣いや、地面を蹴る足裏の感覚、流れていく風景だけに意識をそっと戻してあげるんです。
脚のリズムに合わせて「いち、に、いち、に」と呟いたり、遠くに見える信号機をずっと眺めて近づいていく距離感だけ意識したり。前に走るランナーのナンバーカードでも良いかも。
頭の中のささやき(言葉)に主導権を渡さず、身体がもともと知っているリズム(運動)に、そのまま身を委ねてしまう。
言葉に答えるのをやめて、ただ足を一歩、また一歩と前に運んでいると、いつの間にか「もうひとりの自分」も諦めて、静かに黙り込んでくれます。
自分を阻害するのも自分なら、そこからすっと抜け出させてくれるのも、やっぱり自分の身体なんですよね。
今日もし走ることがあったら、あるいは何か踏ん張りどころを迎えたら。
耳もとの優しいささやきに、「はいはい、ありがとうね」と心でつぶやいて、ただ身体のリズムに乗り直してみてください。
きっと、思ったよりも遠くまで行けるはずですから。
もっともっと実践的なアプローチを直接聞きたい方は、各プログラムで体験してみてください。
【広告】
フルマラソンの後半、「もう無理だ」「ペースを落とすな」と頭の中で自分を責めていませんか? 身体本来のパフォーマンスを引き出し、後半の粘りを生む『心の整え方』がわかる一冊です↓









