蛍光色を脱ぎ捨てて、夜の街に溶ける。

金曜の夜。 少し冷たくなった秋の風が、街の匂いを運んでくる季節です。

仕事を終えた人たちがグラスを傾けはじめる繁華街の路地裏。

暗がりのなかを、黒やアースカラーのウェアに身を包んだ集団が、ふわりと駆け抜けていく光景を目にすることが増えました。

彼らの足音は、どこか軽やかで、楽しそうです。

少し前まで「ランニング」といえば、明るい太陽の下、河川敷や公園をストイックに走るものでした。 でもいま、彼らは「競技場」のトラックを飛び出して、「ストリート」を遊び場にしています。 スポーツという枠を軽やかに飛び越えて、ひとつのカウンターカルチャーへと姿を変えつつある。 そんな今のランニングの空気感って、なんだかすごく面白いなぁ、と思うんです。

蛍光色を拒絶した理由——「脱・体育」というカウンターカルチャー

僕自身、かつてはそれこそ毎日、呼吸が血の味に変わるまで走っていた時期がありました。その頃の僕らが着ていたのは、誰より目立つネオンカラーのユニフォームや、大きくロゴがプリントされたウェア。 そこには「速さ」や「勝敗」への強い執着が染み込んでいました。

でも、いま夜の街を走る彼らは、そんな派手な蛍光色を静かに拒絶しているように見えます。

まるで着慣れた古着のようなボロボロのTシャツや、アスファルトの闇に溶け込むようなマットなトーンのギア。 それは、大手スポーツメーカーが長年押し付けてきた「スポーツマンシップ」や「体育的な価値観」に対する、とても静かな反逆なのかもしれません。

彼らにとってのウェアは、速く走るための道具ではなく、自分たちの思想を示すステートメントなんですよね。 「僕らは、誰かと競争するために走ってるんじゃないんだよ」っていう。

ルーツはどこにあるのか?——アンダーグラウンド・クルーの系譜

こうした流れって、突然生まれたわけじゃないんですよね。

2000年代初頭のニューヨークで生まれた「Bridge Runners(ブリッジランナーズ)」や、ロンドンの「Run Dem Crew(ラン・デム・クルー)」。 そのあたりから、DIYの精神を持ったランニングのDNAが、少しずつ世界中に広がっていったのだと思います。

スケートボードのカルチャーや、街角のグラフィティ、そして夜のクラブミュージック。 そういう、いわゆるストリートのアンダーグラウンドな空気と「走ること」が、ある夜、ふと交差した。

決まったルールやコーチの言うことに縛られるんじゃなくて、自分たちでルートを決めて、音楽を流しながら、好きな服で街を駆け抜ける。 その自由さは、かつて競技の枠のなかで息苦しさを感じていた僕の目にも、すごく眩しく映るんです。

なぜ「Satisfy」や「On」がカルチャーとして熱狂を生むのか

たとえば、フランス発のブランド「Satisfy(サティスファイ)」が、高感度なクリエイターたちの間で熱狂的に支持されているのも、すごく腑に落ちます。

創設者のブライス・パルトゥーシュは、もともと「April 77」というブランドを手がけていた元スケートボーダー。 彼がランニングウェアに持ち込んだのは、陸上界の文脈ではなく、「ポストパンク」や「スケートボード」の美学でした。

彼らが大切にしているのは、ただタイムを縮めることじゃなく、「The High(走ることで得られる純粋な悦楽)」という哲学です。

スイス生まれの「On(オン)」なんかもそうですが、既存の泥臭い陸上競技の匂いがしない、新しい文脈を持ったブランドたち。 彼らの生み出すプロダクトには、「走る」という行為をアートやライフスタイルに昇華させる力があるんだと思います。

分断された都市における「新しいサードプレイス」

行政書士として、あるいは市役所の窓口で、これまでたくさんの「孤独」と向き合ってきました。 デジタルでいつでも誰かと繋がれるはずの現代は、皮肉なことに、一人ひとりが分断されやすい時代でもあります。

そんななかで、利害関係なんて一切ない人たちが集まって、「同じ夜の街を、ただ一緒に走る」ということ。 この身体的な連帯感って、ものすごく価値のあるものなんじゃないでしょうか。

彼らのゴール地点は、競技場のトラックではありません。

ローカルの小さなカフェだったり、行きつけのバーだったり、クラフトビールのブルワリーだったりする。 走り終えたあとに、汗ばんだTシャツのまま、みんなで笑い合いながら乾杯する。

そこには人種も、年齢も、職業の壁もない。

それはまさに、家でも職場でもない、都市における「新しいサードプレイス(居場所)」になっているんですよね。

健康を維持するための「義務」として走るなんて、なんだかちょっと窮屈です。 今の時代のランニングは、自分たちが暮らす都市を能動的に楽しみ、味わい尽くすための「ストリート・ライフスタイル」なのだと思います。

誰かに勝つためじゃなく、今日の自分と、この街の空気を感じるために靴紐を結ぶ。

今夜あたり、クローゼットの奥にある着古したTシャツを引っ張り出して。 僕も少しだけ、夜の風のなかを流してみようかなぁ。

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